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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)308号 判決 2000年7月13日

原告

東レ株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

柴田眞宏

松崎昇

同弁理士

【B】

被告

モービルオイルコーポレーション

特許管理人弁理士

【C】

訴訟代理人弁護士

根本博美

西山安彦

遠藤一義

奥山量

同弁理士

【C】

【D】

【E】

主文

特許庁が昭和60年審判第23449号事件について平成10年7月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「形状選択転化法」とする特許第770122号発明(昭和45年10月9日特許出願(1969年10月10日のアメリカ国の特許出願に基づく優先権主張)、昭和50年5月23日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者であった。本件特許は、平成元年9月13日をもって存続期間が満了した。

原告は、昭和60年12月2日、本件特許を無効にすることについて審判の請求をし、特許庁は、これを昭和60年審判第23449号事件として審理した。

被告は、平成2年2月16日、上記発明の明細書について訂正審判の請求をし、特許庁は、これを平成2年審判第2000号事件として審理した結果、平成8年3月14日付けで同訂正を認める旨の審決をし、その謄本を被告に送達し、これが確定した。(以下、訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。

特許庁は、上記事件を審理した結果、平成10年7月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年8月27日、その謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲

「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物を、一般に楕円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質であって、酸化物のモル比の形で表わして一般式

0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O

(式中Mは水素イオンを含む陽イオンでnは該陽イオンの原子価でありzは0ないし40の値である。)

で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質と接触させ前記混合物から直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法。

格子面間隔d(Å)

11.1±0.2

10.0±0.2

7.4±0.15

7.1±0.15

6.3±0.15

6.04±0.1

5.97±0.1

5.56±0.1

5.01±0.1

4.60±0.08

4.25±0.08

3.85±0.07

3.71±0.05

3.64±0.05

3.04±0.03

2.99±0.02

2.94±0.02」

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである(なお、4頁9行の「6.3±0.1」は「6.3±0.15」の誤記である。)。要するに、①本件発明は、オランダ公開特許第6805355号公報(審決の甲第2号証、本訴の甲第6号証。以下「引用刊行物」という。)に記載された技術(以下「引用発明」という。)と同一であり、平成11年5月14日法律第41号による改正前の特許法29条1項3号の規定に該当するから、特許を受けることができない、②本件発明は、引用発明及び英国特許第1,134,014号公報(審決の甲第1号証、本訴の甲第10号証)に記載された発明から容易に発明できたものであるから、特許法29条2項に該当し、特許を受けることができない、③本件明細書の記載は不備であり、平成6年12月14日法律第116号による改正前の特許法36条4項の要件を満たしていない、とした請求人(原告)の主張をいずれも排斥し、本件特許を無効とすることはできない、とするものである。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のⅠ(経緯)、Ⅱ(請求人適格)、Ⅲ(無効理由の存否)の1(本件発明の要旨)、2(当事者の主張)は認め、3(当審の判断)は争う(ただし、一部認めるところはある。)。Ⅳ(むすび)は争う。

1  取消事由1(新規性の欠如)

審決は、本件発明と引用発明とは同一の発明ではないと認定したが、この認定は誤っている。

(1)  引用発明の出発原料は、「炭化水素原料」とされているだけで、これにつきそれ以上の限定はない。一方、本件発明の出発原料は、「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」であり、ここでいう「他の異なる分子形状を有する化合物」、例えば4級炭素原子をもつ円形断面の2,2-ジメチルブタン(甲第2号証6欄2行~13行)も分子形状に差はあるものの炭化水素であるから、この混合物を構成する3種の物質はいずれも「炭化水素」である。出発原料の点で、両発明の間に何らの差異もない。

使用する触媒の点では、両発明のいずれにおいても、いわゆるゼオライトZSM-5という触媒であって、全く同一である。

反応条件の点では、「両者はその反応形態がともに分解(クラッキング)反応という点において共通する」(審決書48頁2行~4行)のであって、脱ロウはクラッキング、ハイドロクラッキングの一態様であり別異のものではない。引用発明においてクラッキング、ハイドロクラッキングをする場合でも、本件発明と同じく、「クラッキングまたはハイドロクラッキング条件の下で行う」(甲第2号証12頁22欄1行~3行)のは当然である。例として反応温度をとると、訂正明細書中の実施例の例7では、427℃で転化しているのに対し(甲第2号証31欄46行~47行)、引用刊行物の実施例XXⅠでも全く同一温度が採用されている(甲第6号証の訳文18頁。これは訂正発明で推奨された温度条件範囲内である。)。すなわち、いずれの反応も常識的なクラッキング又はハイドロクラッキング条件の下で行われており、反応条件の点でも両者に差異があるとすることはできないのである。

したがって、両発明は、出発原料、触媒、反応条件のいずれからしても差異がなく、その必然の結果として同一物質が生成し、結局、反応として同一である。

(2)  反応条件の点について、審決は、「クラッキング」は、沸点の高い重質油を分解し、沸点の低い軽質油に転化して分解ガソリンを製造することを、「ハイドロクラッキング」は、ナフサから残油に至る各種炭化水素を、触媒を使い水素化を行いつつ分解するプロセスで、LPG、分解ガソリン、中間留分などを得るものをいうのが通常であるのに対して、「脱ロウ」は、潤滑油原料中に含まれているロウ分を除去するものとされており、ロウ分のみを分解するものである(審決書32頁8行~33頁10行参照)、と認定している。

しかし、引用発明のクラッキング、ハイドロクラッキングにおける出発原料について、審決のように限定して解すべき根拠は全くない。

具体的にいうと、典型的な炭化水素原料である石油留分には、混合物から特別に分離精製したものを除いては、直鎖炭化水素及び僅かに枝分かれした炭化水素(以下、これらを合わせて「ロウ分」ということがある。)だけで構成されているものも、逆にこれらロウ分を含まないようなもの(以下「非ロウ分」ということがある。)も、いずれもないのである。引用発明におけるクラッキング、ハイドロクラッキングは、通常の石油留分を対象とした石油精製プロセスにおける反応である。このような油種は、常に、ロウ分と非ロウ分、すなわち、本件発明にいう「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」を含んでいるのである。したがって、単にクラッキング、ハイドロクラッキングのための炭化水素原料といえば、石油留分に代表されるロウ分をも含む混合物を指すとするのが最も自然である。

審決は、クラッキング、ハイドロクラッキングと脱ロウとは石油工業上異なるプロセスであり、両者は、使用する装置も同一のものとはいえない(審決書35頁5行~16行参照)、としている。

しかし、最近の常識をみても、甲第7号証(社団法人石油学会編「石油精製プロセス」1998年5月20日株式会社講談社発行)によれば、MDDW(被告の脱ロウプロセス)は、「水素化精製」の項の「軽油の低流動点化プロセス」に分類されており、「原料油中のn-パラフィンおよび側鎖の少ないパラフィンを選択的に水素化分解して流動点の低い製品(中間留分)を得るプロセス」と記載されており、さらに、同じ「軽油の低流動点化プロセス」にMobil Isomerization Dewaxing Processとして、異性化主体の脱ロウプロセスが分類されている。このように明らかに異なる2プロセスが同一項目に入っていることからもわかるように、プロセス分類は、便宜的なものであって、発明の異同を論ずる根拠にはなり得ないのである。

しかも、そもそも、発明者が着目した反応の分類が何であれ、それに基づき反応の実体が左右されるということはあり得ないのであるから、このような実体を離れてのプロセスの分類、検討は、何の意味もないという以外にない。

(3)  被告は、本件発明は、特許請求の範囲に記載されているとおり、「脱ロウ方法」(脱ロウプロセス)の発明であり、触媒からみると、用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明である旨主張する。

しかし、本件明細書によれば、「本明細書および特許請求の範囲で使用する脱ロウとはその最も広義に使用し、石油原料から容易に固化する(ロウ)炭化水素を除去することを意味する。・・・脱ロウはクラッキングまたはハイドロクラッキング条件の下で行うことができる。」(21欄33行~22欄3行)と記載されているのである。そして、本件発明と引用発明とでいずれも共通の触媒とされているゼオライトZSM-5の性質からすると、引用発明のクラッキング、ハイドロクラッキングの際にも、分解除去の対象となるのは、ロウ分が主体であるはずである。なぜならば、上記触媒は、出発原料中の「直鎖炭化水素及び僅かに枝分れした炭化水素」(ロウ分)は、その内部孔構造中に入って転化されるものの、「他の異る分子形状を有する化合物」(非ロウ分)については入り得ないような構造を持っているからである。そうすると、上記触媒を用いる限り、ロウ分は転化減少するはずであり、引用発明にいうクラッキング、ハイドロクラッキングの実体が本件発明の脱ロウのそれと同一であることが明らかである。

このことは、本件明細書(甲第2号証)において、本件発明に使用される触媒の説明として、「改善された選択性を持ち、接触クラッキングのようなある種の炭化水素転化操作に他の有利な性質を有する触媒」(20欄42行~44行)としていることなどからも明らかである。

このように、本件発明にいう「脱ロウ」は、選択的分解であって、クラッキング、ハイドロクラッキングの一態様であり、後者は、非選択的分解をもその範疇に含む上位概念ではあるものの、引用発明においても本件発明においても、共通に使用されるZSM-5触媒が具備する独特な分子フルイ性のゆえに非選択的分解は起こり得ず、必然的に選択的分解(脱ロウ)をもたらすため、両者に反応としての差異はないのである。

以上のとおり、本件発明と引用発明とは同一発明であり、引用刊行物に、ゼオライトZSM-5を本件発明のように脱ロウに使用する旨の明示の記載がないとしても、ゼオライトZSM-5の用途として、選択的クラッキングによる脱ロウが開示されているのであるから、本件発明が用途発明としての特許性を認められる余地はない。

2  取消事由2(進歩性の欠如)

仮に、引用発明と本件発明との間に何らかの差異があったと仮定しても、甲第10号証記載の発明に代表される、ゼオライトZSM-5を触媒とする脱ロウ方法についての当時の技術水準を参照すれば、当業者が引用発明から本件発明に到達するのは容易である。

被告は、白金/モルデナイト触媒を用いた場合と対比しつつ、本件発明の顕著な作用効果を主張する。しかしながら、原告の上記主張に反論する目的で本件発明の作用効果を論ずるのであれば、本件発明におけるのと同じ触媒を用いた引用発明のそれとこそ対比すべきである。

ゼオライトZSM-5を触媒とした脱ロウが周知だったことは、当事者間に争いがないのであるから、直鎖炭化水素の分解活性を有し、かつ、選択性を具備することが引用刊行物によって公知となった特定の結晶性ゼオライト物質(ゼオライトZSM-5)を、ロウ分の除去を目的とする周知の反応に適用する程度のことは、本件出願当時、当業者たらずとも容易に想到し得たことである。

3  取消事由3(記載不備)

審決は、「本件特許請求の範囲においては、ゼオライト物質の組成式およびこのX線回折図のみによっても、使用する触媒についてどのゼオライト物質を用いるのかは充分確認できるよう特定して記載されており、これ以上の限定は本来必要がないものである。」(56頁5行~10行)との前提で、本件発明に係るゼオライト物質が特定されるとしているが、この認定は誤っている。

X線回折図で特定できるのはあくまでも「ゼオライト構造」の範囲に止まり、同方法は、「ゼオライトの有効細孔径」を決めるに必要十分な測定法とはいえない。このことは、甲第3号証(東京工業大学名誉教授【F】作成の「意見書」)、甲第11号証(昭和42年12月1日株式会社技報堂発行「ゼオライトとその利用」)によっても裏付けられる。

また、常温と転化条件下では、著しく環境が異なっており、有効細孔径が一定であるとはいえず、常温での吸着試験結果から「転化条件下での有効細孔径」を推定することはできない。

したがって、訂正明細書では、「転化条件下の有効細孔径」について、その試験条件、判断基準が規定されておらず、いかなる測定方法に従って測定したものであるかさえも記載されていないから、本件発明は、これを実施することが不可能であり、平成6年12月14日法律第116号による改正前の特許法36条4項の要件を満たしていない。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、いずれも正当であり、審決を取り消すべき理由はない。

1  取消事由1(新規性の欠如)について

(1)  原告は、本件発明と引用発明は、出発原料、触媒、反応条件のいずれからしても差異がなく、その必然の結果として同一物質が生成し、反応として同一である旨主張するが、誤りである。

本件発明の技術分野は、いうまでもなく、石油(精製)工業分野であり、この分野においては、クラッキング、ハイドロクラッキングと脱ロウとは全く異なるプロセスとして区分されているもので、何人も両プロセスを取り違えることはなく、また一つのプロセスが他のプロセスを包含するものとして理解されることもない。

また、クラッキング、ハイドロクラッキングのプロセスに用いる装置と操作条件とは、実用上、脱ロウプロセスのそれらと異なっており、当業者が一方を他方と取り違えることは、これらの点からもあり得ない。

発明の同一性についての原告の論法に従うと、引用刊行物に記載されている異性化、アルキル化もクラッキング、ハイドロクラッキングと同一という誤った解釈をもたらすことになる。

(2)  引用刊行物には、ゼオライトZSM-5の触媒としての利用に関し、「クラッキング、ハイドロクラッキング、異性化、アルキル化等の如き炭化水素の触媒転化に有用」との記載があり、さらにn-ヘキサンのクラッキング活性の記載があることは事実である。しかし、これらの記載は、脱ロウを意味するものではない。

反応としてとらえた場合、脱ロウは、原料油の主要成分を反応させず、少量成分であるロウ分だけを選択的に反応させることを要し、原料油をできるだけ変化させずにその流動点を低下させるものである。一方、クラッキング(接触分解)、ハイドロクラッキング(水素化分解)は、原料油の分子量を本質的に減少させる(したがって沸点の低いものに転化させる)ものであり、同じ分子量範囲(沸点範囲)の製品油について原料油と対比すると流動点の低下は認められず、転化率も、理想的には100%(一般には60~95%程度)であり、脱ロウにおける少量成分の反応(転化率は5~30%程度)とは明瞭に異なるものである。引用刊行物には、原料成分をできるだけ高い反応率で転化させるプロセスが記載されているだけであり、主要成分を反応させないことを不可欠とする例については開示も示唆もない。一部少量成分の化学反応だけを取り出してその反応式が同じだったとしても、それは発明全体の同一を意味するものではない。

(3)  本件発明は、「脱ロウ方法」、すなわち、脱ロウプロセスの発明であり、触媒からみると、用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明である。そして、本件発明は、公知の触媒(ゼオライトZSM-5)を接触脱ロウプロセス(その際の出発原料及び反応条件は公知の接触脱ロウプロセスにおいて公知のもの)を利用することにより、公知の接触脱ロウプロセスでは達成できなかった顕著な効果(高い得率と経済性をもって脱ロウ油を得る)が得られることを見出したものである。用途発明における発明の異同は、用途が区別できれば十分であり、用途に付随する要件(出発原料、反応条件)は、本来、特許請求の範囲に記載しなくともよいものである。

石油精製工業分野における異性化、アルキル化、クラッキング、ハイドロクラッキングは、マクロ的にみた原料や温度範囲、圧力範囲は重複して記載される場合が多いものの、現実には、それぞれ別のプロセスとして扱われており、解釈上も、特許請求の範囲の末尾が「異性化方法」とか「クラッキング方法」と記載されていれば、原料や処理条件の記載が重複していても、そそれぞれ別個独立の特許発明と理解されているのである。本件発明の特許請求の範囲の末尾において、「脱ロウ方法」(脱ロウプロセス)と表現したのは、本件発明が石油精製工業において上記プロセスのいずれとも異なる独立したプロセスである脱ロウプロセスを対象とし、それ以外のプロセスを対象としていないことを明らかにするためであり、当業者であればこの点を誤解する者はいない。見方を変えると、本件発明は、脱ロウ触媒に特徴をもつ用途発明に相当する。用途発明の実施において当業者がその用途を取り違えるおそれがない場合は当然異なる用途発明として位置づけられる。

2  取消事由2(進歩性の欠如)について

甲第10号証記載の発明に代表される、ゼオライトを触媒とする脱ロウ方法についての当時の技術水準を参照すれば、引用発明から当業者が本件発明に到達するのは容易であったとする原告の主張は争う。

甲第10号証には、炭化水素混合物の脱ロウ法が記載されているものの、そこで用いられている触媒は、モルデナイト、特に第ⅤⅠ又はⅤⅢ族金属を含有する脱カチオン化したモルデナイトに限られており、モルデナイト以外のゼオライトについては何も示唆されていない。また、触媒を用いるプロセス発明では、同じプロセスにおいて従来用いられていた触媒と当該触媒が異なるものであって従来用いられていた触媒に比し当該触媒が予期しない顕著に優れた効果をもっていればその発明に特許性(進歩性)があるとするのが、確立された審査慣行である。ところが、甲第10号証に記載された触媒成分のゼオライトと、本件発明で用いる触媒成分のゼオライトが本質的に異なるゼオライトであることは明らかである。そして、作用効果については、従来最も優れているとされていた白金/モルデナイト触媒に比し本件発明の触媒が顕著に優れた作用効果を持っている。

したがって、本件発明を、甲第10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたもの、とすることはできない。

3  取消事由3(記載不備)について

(1)  原告は、訂正明細書において、本件発明に係るゼオライト物質が特定されていない旨主張する。

しかし、本件発明で用いる触媒は、引用発明で用いるそれと全く同一である。両者は、その製造過程が完全に共通であり、その結果、生ずる物質の構成や性能の面でも同一のはずである。したがって、特許請求の範囲にいう「一般に楕円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその内部孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質であって、酸化物のモル比の形で表して一般式・・・で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質」という構成についても、両者に差異があるとすることはできないものであり、このことは、原告も認めるところである。本件発明で用いる触媒は、公知のものであり、原告もその内容を承知しているものである。このように原告もその内容を承知している公知触媒について、その内容につきさらに説明する必要はないはずである。

(2)  原告は、訂正明細書では、「転化条件下の有効細孔径」について、その試験条件、判断基準が規定されていない旨主張する。

しかし、「転化条件下の有効寸法」における「転化条件下」という記載は、転化条件下で細孔内に入った分子が選択的に転化し脱ロウ効果を発現することを表現するものであり、このことは、その後の「該直鎖炭化水素及び僅かに枝分かれした炭化水素がその内部孔構造中に入ることができ、転化されることができる」という記載からも明らかである。そして、この「転化条件下の有効寸法」は、炭化水素原料の選択的脱ロウを行なうに必要な温度、圧力等の条件下に、寸法のわかっている各種分子をゼオライトと接触させてその分子が転化したかどうかを確認することによって容易に確認できるものである。また、訂正明細書に記載した有効寸法を吸着速度の測定から導く方法は、有効寸法の便宜的確認法を例示したものであり、本来、そこに記載したデータと結論との因果関係までも明細書に記載する必要はないものである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(新規性の欠如)について

(1)  甲第6号証によれば、引用刊行物には、次の記載があることが認められる。

「或る種のゼオライト物質は、一定の結晶構造を有する規則正しい多孔性の結晶性アルミノシリケートであって、構造内には多数の空隙があり、これらの空隙はそれより小さな多数の溝によって相互に連結されている。このような空隙及び溝は、大きさが非常に均一である。これらの孔の大きさは、或る大きさの分子を吸着することを許容するけれども、それより大きな分子は排斥するような大きさである。従って、このような物質は“分子篩”として知られるようになり、これらの特性を種々の方法に有利に利用して使用される。」(訳文1頁3行~9行)

「この結晶性ゼオライトは選択的吸着特性を示し、H2O及びn-ヘキサンを吸着するが、シクロヘキサンの如き大きな分子は顕著に吸着しないのである。」(同3頁2行~4行)

「本発明の合成結晶性ナトリウムアルミノシリケートゼオライト(ZSM-5)は次の酸化物のモル比にて示される組成を有するものである。

0.8~1Na2O:Al2O3:20~60SiO2」(同4頁6行~8行)

「ゼオライトZSM-5はX-線回折によって組成が同定され、識別され、・・・Na2O/Al2O3のモル比が0.83である代表的なZSMゼオライトのX-線回折格子のデータが下記の表Aに示される。」(同4頁9行~11行)

「本発明の結晶性ナトリウムアルミノシリケートゼオライト及びこれをイオン交換した型のものは選択吸着のみならず、クラッキング、ハイドロクラッキング、異性化、アルキル化等の如き炭化水素の触媒転化の際の触媒として又は触媒成分として有用である。」(同9頁7行~9行)

「実施例XXI 実施例XⅤにて説明する如くして得られた生成物ZSM-5が0.5Nの塩酸にてイオン交換され、n-ヘキサンを使用して、クラッキング活性が試験された。その結果は表Hに示される。」(同18頁5行~8行)

「炭化水素原料を触媒転化条件下で上記特許請求の範囲1~11の1またはそれ以上の方法により得られる結晶性アルミノシリケートと接触させることを特徴とする炭化水素原料の触媒転化方法」(特許請求の範囲12項)

(2)  「クラッキング」とは、通常の用語例に従えば、「一般には有機化合物を加熱して分解することをいうが、石油精製においては、石油の重質留分を分解してガソリン、灯油、軽油など付加価値の高い製品を増産するためのプロセスをいう。」(乙第10号証。1992年10月1日株式会社東京化学同人発行「化学大辞典」第1版第2刷627頁)、「熱、接触あるいは水素添加などの各分解法によって分子結合を壊し、炭化水素の分子量を下げるのに用いられる工程」(「マグローヒル科学技術用語大辞典」昭和55年1月30日発行)などといった意味に用いられているものであることが認められる。

(3)  上記(1)及び(2)で認定されたところを併せ考えると、引用刊行物には、ゼオライトZSM-5は、「分子篩」としての性質を有し、この性質のゆえに、選択吸着のみならず、クラッキング、ハイドロクラッキング、異性化、アルキル化等のような炭化水素の触媒転化反応の際の触媒として有用であることが記載されていると認められ、したがって、そこには、ゼオライトZSM-5の種々の利用方法の一つとして、炭化水素原料を出発原料とし、ゼオライトZSM-5を触媒として、ある大きさの炭化水素を選択的にクラッキング、すなわち、分解して転化する技術(引用発明)が記載されているということができる。

(4)  本件発明と引用発明とを対比すると、出発原料が、本件発明では「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」とされているのに対して、引用発明では、単に「炭化水素」とされている点、反応について、本件発明では、「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法」とされているのに対して、引用発明では、単にある大きさの炭化水素を選択的にクラッキングするものとされている点で相違していることが認められる。

一方、使用される触媒についてみると、本件発明において触媒として使用される「結晶性ゼオライト物質」は、特許請求の範囲の記載の上では、「一般に楕円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質であって、酸化物のモル比の形で表わして一般式

0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O

(式中Mは水素イオンを含む陽イオンでnは該陽イオンの原子価でありzは0ないし40の値である。)

で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質」とされていて必ずしも明確でないものの、甲第2号証(特許審判請求公告)をみると、本件明細書の発明の詳細な説明中に、「すなわち本発明の触媒はZSM-5型ゼオライトであり、その内部孔構造の中にノルマル脂肪族化合物および僅かに枝分れした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物が入ることができるが、しかし少なくとも4級炭素原子を含有するすべての化合物すなわち4級炭素原子に等しいか或はそれより大きい分子寸法を有するすべての化合物は実質上これを排除するのである。」(3頁4欄34行~41行)、「本発明方法で使用しうるゼオライト物質はZSM-5型のゼオライトである。ZSM-5型の物質は特許第619824号(特公昭46-10064号)に開示されている。ZSM-5型ゼオライトは下記の第1表に述べる特徴あるX線回析図を有する。ZSM-5組成物は酸化物のモル比の形で下記の通り同定することができる。

0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O

式中Mは水素を含む陽イオン(判決注・「陽イオンでnは」の誤記と認める。)該陽イオンの原子価であり、zは0ないし40の値である。」(4頁6欄44行~5頁7欄4行)との記載があることが認められ、第1表には、特許請求の範囲に示されたX線回析図と同一の格子面間隔が示されていることが認められる。そうすると、少なくともゼオライトZSM-5は、本件発明に使用される触媒であり、一方、引用発明において使用される触媒もまた、上記のとおり、ゼオライトZSM-5であるから、両発明は、使用する触媒において共通していることが明らかである。そして、このことは、当事者間にも争いのないところである。

(5)  出発原料に関する本件発明と引用発明との相違点について検討する。

(イ) 甲第8号証(1959年FIFTH WORLD PETROLEUM CONGRESS,INC,発行の1959年6月1日~5日に開催された第5回世界石油学会第Ⅴ部門議事録)の238頁の第4図によれば、典型的な炭化水素原料である石油留分は、混合物から特に分離精製しない限り、直鎖炭化水素、枝分かれ炭化水素、単環シクロパラフィン等の多数の炭化水素からなっており、ロウ分だけで構成されているものも、非ロウ分だけで構成されているものもなく、ロウ分及び非ロウ分が混在しているのが普通であることが認められる。

(ロ) 本件発明の出発原料は、上記のとおり、「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」であり、「他の異なる分子形状を有する化合物」については、「化合物」という極めて抽象的な用語を用いているため、明確ではないものの、本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明をみると、「本発明は結晶性ゼオライト性物質の存在における新規な脱ロウ法に関する。更に詳しくは本発明は直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィンと炭化水素供給原料中に一般に見出される他の成分との混合物から前記パラフィン選択的に転化することによって炭化水素供給原料から前記パラフィンを除去する方法に関する。」(2頁右下欄17行~3頁3欄3行)という記載があることが認められ、同記載によれば、「他の異なる分子形状を有する化合物」とは、炭化水素供給原料中に一般に見出される、「直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィン」(これらが特許請求の範囲にいう「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」であることは明らかである。)以外の成分のことであることが認められる。したがって、3種の混合物がいずれも炭化水素であることは明らかである。そして、本件発明の「他の異なる分子形状を有する化合物」に何らの限定もないことに、上記(イ)認定の事実を考慮すると、ロウ分も非ロウ分も混在する典型的な炭化水素原料は、本件発明にいう「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」に該当するものと認められる。

一方、引用発明の出発原料は、単に「炭化水素」であり、そこには何らの限定もない。

以上のとおりであるから、本件発明の出発原料と引用発明のそれとは、同一であるというべきである。

(6)  次に、反応に関する本件発明と引用発明との相違点について検討する。

本件発明と引用発明とが、炭化水素をクラッキングするという点で共通していることは、明らかである。

本件発明では、「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングする」とされているので、引用発明との対比において、その技術的意義について検討する。

本件発明及び引用発明において触媒とされているゼオライトZSM-5は、前記(5)認定のとおり、本件発明の特許請求の範囲にいう「一般に楕円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質」であることが明らかであるから、本件発明の出発原料である典型的な炭化水素原料、すなわち、石油留分(直鎖炭化水素、枝分かれ炭化水素、単環シクロパラフィン等の多数の炭化水素からなっているもの)をゼオライトZSM-5によって転化反応を実施しようとした場合、上記ゼオライトZSM-5の性質により、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ」ることになり、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して転化反応が行われることになる。

次に、一般的な炭化水素を出発原料としている引用発明において、ゼオライトZSM-5によって転化反応を実施しようとした場合、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ」ることになる点において、本件発明の場合と同様であるから、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して転化反応が行われることになる。要するに、ゼオライトZSM-5を触媒としてクラッキング(分解)を行う限り、必然的に、直鎖炭化水素及びわずかに枝分かれした炭化水素についての選択的なクラッキング(分解)による転化が行われることになってしまうのである。

このように、本件発明の「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物」(典型的な炭化水素原料)であろうが、引用発明の一般的な炭化水素であろうが、ゼオライトZSM-5を触媒としてクラッキングを行う限り、必然的に、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して選択的なクラッキングが行われ、転化反応が行われることになるから、結局、本件発明の「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングする」とされている点でも、本件発明と引用発明との間には、差異がないものといわざるを得ない。

以上によれば、本件発明と引用発明とは、出発原料、触媒及び反応のいずれについても同一であるということができる。

(7)  本件発明は、「脱ロウ方法」の一つであるものとされているので、引用発明との対比において、「脱ロウ方法」の技術的意義について検討する。

(イ) 「脱ロウ」が、通常の用語例に従えば、ロウ分を除去するということを意味する語であることは、明らかであり、その定義として必ずしも決まったものがあるとは認められないものの、「物質や物体から蝋を除去すること。石油から個体炭化水素を分離するのに用いられる工程。」(「マグローヒル科学技術用語大辞典」昭和55年1月30日発行)、「低温での流動性に富む潤滑油を得るために、石油留分から蝋分(パラフィン)を除去すること。」(「大辞林」1989年(平成元年)3月25日第8刷発行)、「石油から潤滑油を製造する際、冷却によりパラフィンを分離・除去すること。」(「広辞苑第4版」1991年(平成3年)11月15日発行)といった意味で使用されていることは、当裁判所に顕著である。したがって、「脱ロウ」は、通常の用語例に従う限り、原料油中のロウ分のみを選択的に除去、すなわち、「除き去る」あるいは「取り去る」というものであり、その手段を問わないものであるということができる。

(ロ) 引用発明は、炭化水素原料を出発原料とし、ゼオライトZSM-5を触媒としてロウ分を選択的にクラッキング(分解)する技術であるから、ロウ分を「除去」していない、すなわち、除き去っても取り去ってもいないのであり、したがって、引用発明が、通常の用語例でいう「脱ロウ」を行うものではないことは明らかである。

(ハ) しかしながら、「脱ロウ」の語に決まった定義があると認めることができないことは、上述のとおりであるから、本件発明にいう「脱ロウ方法」の意味は、本件明細書の記載に基づいて、具体的に明らかにされなければならない。

甲第2号証(特許審判請求公告)をみると、本件明細書の発明の詳細な説明中には、「本発明は結晶性ゼオライト性物質の存在における新規な脱ロウ法に関する。更に詳しくは本発明は直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィンと炭化水素供給原料中に一般に見出される他の成分との混合物から前記パラフィン選択的(判決注・「パラフィンを選択的」の誤記と認める。)に転化することによって炭化水素供給原料から前記パラフィンを除去する方法に関する。」(2頁右下欄17行~3頁3欄3行)、「種々のゼオライト性物質および特に結晶性アルミノシリケ-トがこれまで種々の接触転化操作に使用されてきたが、しかしこれらの先行技術の操作は一般に1種または2種の主要なカテゴリーに入るのである。1種の型の転化操作においては装入原料中に通常見出される成分の大部分を受入れるのに充分な大きな孔の寸法を有するゼオライトが使用された。すなわち、これらの物質は大きな孔寸法の分子フルイと言われ、それらは6~13オングストロームの孔の寸法を有することが一般的に述べられており、・・・アルミノシリケートの他の型は約5オングストロームの単位の孔の大きさを持ち、選択的にノルマルパラフィンに作用して他の分子種を実質的に排除するのに使用される。」(3頁3欄27行~40行)、「あるクラスのゼオライト性分子フルイがそれらの内部の孔構造中にノルマルパラフィンだけがなくて僅かに枝分れしたパラフィンをも出入りすることができ、しかも極度に枝分れしたイソパラフィンを排除する能力を有する点で独特のフルイ性を有し、このゼオライト性分子フルイを使用することによって極めて効果的な接触操作を行うことができることを見出した。こうしてノルマルパラフィンに対して選択的だけでなくて僅かに枝分れしたパラフィン、そして特にモノメチル置換されたパラフィンに対しても選択的な炭化水素転化操作を行うことがいまや可能である。」(3欄46行~4欄6行)、「これらの性質を示すゼオライト性物質をノルマルパラフィンを選択的に除くことだけが従来望まれていた脱ロウ操作に使用すれば経済的価置が増した生成物が得られる点で多くの増大した予期せざる利益があることが見出された。」(4欄7行~11行)、「本発明の新規な脱ロウ法は従来使用されてきた2種の型のアルミノシリケートの中間にあると一般的に言われるゼオライト性物質を使用することに基く。すなわち本発明の触媒はZSM-5型ゼオライトであり、その内部孔構造の中にノルマル脂肪族化合物および僅かに枝分れした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物が入ることができるが、しかし少なくとも4級炭素原子を含有するすべての化合物すなわち4級炭素原子に等しいか或はそれより大きい分子寸法を有するすべての化合物は実質上これを排除するのである。」(3頁4欄32行~41行)、「換言すれば本発明のゼオライトは転化条件下即ち脱ロウ反応条件下でノルマル脂肪族化合物及び僅かに枝分かれした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物は入ることができるが4級炭素原子を含有する化合物は入ることができない有効寸法、即ち楕円形でその長軸が6Åないし9Å、短軸が約5Åの有効寸法の孔を有する。」(4頁6欄21行~26行)、「先に述べたように本発明の新規な方法は炭化水素供給原料の脱ロウに関する。本明細書および特許請求の範囲で使用する脱ロウとはその最も広義に使用し、石油原料から容易に固化する(ロウ)炭化水素を除去することを意味する。更に特定の例で説明するように処理することができる炭化水素供給原料には潤滑油並に凝固点または流動点問題を有する原料すなわち約176℃(350゚F)以上で沸騰する石油原料が含まれる。脱ロウはクラッキングまたはハイドロクラッキング条件の下で行うことができる。」(12頁21欄32行~22欄3行参照)との記載があることが認められる。

また、実施例についての記載をみると、実施例の例3において、「ZSM-5触媒を使用して同じロウ質アマールガス油の他の部分を形状選択的転化処理に付した。・・・流動点の降下はノルマルパラフィンの除去によるものであるけれども、それが流動点降下の完全な回答ではないことを知ることができる。本発明の新規な方法はノルマルパラフィンが全部除去されなくても流動点の著しい降下を生ずる。この処理についてはいかなる理論によっても束ばくされることを欲しないが、本発明の新規な触媒は流動点に有害な作用を及ぼす僅かに枝分れしたパラフィンをも転化するものと思われる。」(14頁25欄13行~26欄5行)、例5において、「本発明の触媒を使用して得られる形状選択性と先行技術の形状選択的物質との型の差異を例証するために、例2で使用したのと同じロウ質アマールガス油をカルシウムA・・・として同定された結晶性アルミノシリケートとZSM-5の焼成試料とを用いて形状選択的クラッキングの比較を行った。同じ原料を分解して得た生成物の比較を下記の表に示す。本発明の新規方法によって得られたコークス収量は先行技術の古典的形状選択的物質を用いて得たコークス収量よりも著しく低いことが一見して明らかである。さらにガソリンの生成すなわちC5-C12はカルシウム-A型触媒の場合に比してかなり高い。さらに先行技術による古典的形状選択的触媒は常にC4炭化水素に富み、逆にC5-C12炭化水素の少ない生成物を生ずる。」(26欄32行~15頁27欄44行)との記載があることが認められる。

そして、本件明細書の全記載を検討しても、本件発明において、ロウ分を原料油中から除き去ったり、あるいは、取り去ったりすることについて記載したものは、見出すことができない。

本件明細書の上記記載によれば、本件発明は、従来の接触転化操作において使用されていた約5Åの孔の寸法を有するゼオライト性物質よりやや大きめの孔を有するゼオライトZSM-5を使用して接触転化操作を行うものであり、ゼオライトZSM-5が、直鎖炭化水素だけでなく、「僅かに枝分かれした炭化水素」に対しても選択的にクラッキング(分解)して転化する作用に着目し、この直鎖炭化水素及び「僅かに枝分かれした炭化水素」、すなわち、ロウ分を分解して消滅させるという通常の用語例にいう「脱ロウ」と類似した作用をしていることから、これを一方で「選択的にクラッキング」といい、他方で「新規な脱ロウ法」と称しているものと認められ、ここにいう「脱ロウ」とは、原料油中からロウ分を選択的にクラッキング(分解)して転化し、分子量の低い(流動点の低い)生成物に変えることを意味するものである。そうすると、本件発明にいう「脱ロウ」も、引用発明と同様に、ロウ分を「除去」していない、すなわち、除き去っても取り去ってもいないものであるから、通常の用語例にいう「脱ロウ」ではないというべきである。

(ニ) そうすると、本件発明の特許請求の範囲に「脱ロウ方法」との記載があるからといって、これを根拠に、本件発明と引用発明との間に相違するところがあるとすることができないことは、明らかというべきである。

なお、仮に、「脱ロウ」の概念に、前記用語例とは異なり、原料油中のロウ分を選択的にクラッキングして転化することをも包含させるのが当業者の間での一般的用法であり、本件発明の「脱ロウ」がその意味で用いられているというのであれば、引用発明においても、特にロウ分に着目して「脱ロウ」を図るという記載は示されていないものの、事実として原料油中のロウ分を選択的にクラッキングして転化することになる技術が示されているから、そこに示されているのは、客観的には、同じ意味の「脱ロウ」ということになり、本件発明と引用発明とが「脱ロウ方法」という点で共通していることには変わるところがなく、両発明で相違するのは、つまるところ、「脱ロウ」についての認識の有無と「脱ロウ」という言葉の使用の有無のみということになる。

要するに、本件発明は、特許請求の範囲に「脱ロウ方法」と記載されているとしても、ゼオライトZSM-5によりロウ分を選択的にクラッキング(分解)して転化し、分子量の低い(流動点の低い)生成物に変えるというプロセスについて、これがロウ分を分解して消滅させて別の生成物に変えるということを認識したうえ、この点に着目し、目的、効果の面から「脱ロウ方法」と称しているにすぎないのであり、本件発明と引用発明とは、この点に関し、その実体において、何ら変わるところはないという以外にないのである。

(8)  被告は、本件発明の特許請求の範囲の末尾において、「脱ロウ法(プロセス)」と表現したのは、本件発明が石油精製工業において独立したプロセスである脱ロウプロセスを対象とし、それ以外のプロセスを対象としていないことを明らかにするためであるとし、「選択的にクラッキング」とは接触脱ロウプロセスを意味し、石油(精製)工業分野において、クラッキング、ハイドロクラッキングと脱ロウとは全く異なるプロセスとして区分されている旨主張する。

しかしながら、前記(7)認定のとおり、本件発明における「脱ロウ」は、原料油中からロウ分を選択的にクラッキング(分解)して転化し、分子量の低い(流動点の低い)生成物に変えるというプロセスについて、これがロウ分を分解して消滅させて別の生成物に変えるという点に着目し、目的、効果の面から「脱ロウ法」と名付けたにすぎないのであるから、本件発明が石油精製工業において独立したプロセスである脱ロウプロセスを対象とするという被告の主張は、「脱ロウ」に対して特許請求の範囲や明細書の記載にない別異の意味を持たせようとするものであって、失当であることは明らかである。

また、被告は、何人も両プロセスを取り違えることはないとか、クラッキング、ハイドロクラッキングのプロセスに用いる装置と操作条件とは、実用上、脱ロウプロセスのそれらと異なっているとか主張するが、失当であることは、上記と同様である。

(9)  被告は、本件発明は、「脱ロウ方法」、すなわち、脱ロウプロセスの発明であり、触媒からみると、用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明である旨主張する。

講学上、「用途発明」とは、物の有するある一面の性質に着目し、その性質に基づいた特定の用途でそれまで知られていなかったものに専ら利用する発明をいうものとされ、物が周知あるいは公知であっても、用途が新規性を有する場合には、特許性の認められる場合があることを示すためにされている用語である。

しかしながら、上記認定のとおり、本件発明は、ゼオライトZSM-5を使用してクラッキングを行うプロセスが、原料油中のロウ分を消して別の生成物に変えるという点に着目し、ロウ分を含まない目的物質を得るという目的、効果の面からこれを「脱ロウ法」と称しているにすぎず、本件発明と引用発明とは、出発原料、反応、触媒を同じく、その結果、得られる目的物質も同じくしているのであるから、そこには何らの新規な用途の追加ともみることができないものであって、特許性の認定と結び付けられる上記の意味での用途発明となり得ないことは明らかである。

被告の主張は、採用できない。

(10)  以上のとおり、本件発明と引用発明とは、出発原料、反応及び触媒のいずれにおいても同一であり、他にも実体において相違するところは認められないから、同一の発明というべきである。したがって、本件特許は、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものである。

2  そうすると、審決の取消しを求める原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由があることが明らかである。そこで、これを認容することとし、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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